昼休みが終わり1時間経つ。
列は微動だにしない。
僕は、絶望のどん底に落とされた。
ダメかもしれない。
朝5時からの僕の努力は塵と化し、
広大なロシアの平原の枯れ草の一つとなるのだ。
3時10分、
係の人が登場する。
ん?、、何かを考えているようだ。
その目は、とても偉そうに威圧感を蓄えている。
口もとには、うっすらと笑みを浮かべ
まるで調教する小犬を扱っているかのよう。
これから、調教師と小犬たちの微妙な駆け引きが始まる。
小犬たちは、調教師が来たので嬉しさのあまり立ち上がり駆け寄ろうとする。
調教師は、立とうとする人々に
「おすわり!」
と一喝!
人々は、怯えた小犬だ。
この人に、楯突いてはいけない。
意地悪されて入れてもらえない事を考えたら静かにお利口さんでいなければならない。
「ここからここまでこっちへ。、、、他の人は座ってて下さい。
うむうむ。、え〜、次はそこからそこまで、、、。」
おっ? なんといきなり10人!
「ふむふむ、じゃ、そこからそこまでもこちらに!」
え? なんとなんとさらに5人!
"もしかしてこの人は、神様ではないのか?"
待っている人々はきっと皆んなそう思っていただろう。
調教師は、神と化す。
神様は、まぶたを緩め次の例に目を向ける。
小犬たちは、奇跡を見ているかのように
信じられないと言う気持ちと期待の大波に飲み込まれてた。
神は、「あと5人。」
小犬 シッポを最大限に振り「ワンワン🐶」
神の声は続く。
「次、5匹!」
小犬 「ワンワン🐩🐕🐩🐈🐶」
朝の5時から待つ事10時間、、、
僕は富士山から眺める朝日のような希望の光を体全体に受けていた。
「この調子だと、もしかしたら書類を提出する事が出来るかもしれない。」
小犬と化そうが豚と言われようが関係ない。目的はただ一つ、、書類を提出する事なのだ。
それから待つ事1時間半、
さらに20人くらいが通される。
通されたのは、僕の前までで
次のグループの先頭が僕だ。
この待合室は、労働許可証を所得する人と、住民権の人、国籍を取得する人達がごっちゃ混ぜになっておる。
順調に進んでいたかのようだが、
僕の番になり、今度は国籍の手続きをする人の番になってしまった。
でも大丈夫。
閉館までたっぷり時間があるし、昨日、外で8時間立ちっぱなしだった事を思えばへっちゃらだ。
建物の外を見ると待っている人はいない。
どうやら今日は皆んな入れたみたい。
昨日は、運が悪かったのかな。
さて、いよいよ僕の番を告げる係の人が出てきた。
1番に僕は待合室を出てドアを通り抜ける。
ここの警戒は厳重だ。
さらに持ち物検査がある。
そこを過ぎ、ようやく受付番号が渡される。
初めてだからどこに行かなければならないのか分かりづらい。係の人に聞きながら受付に着くと
僕は愕然とした。
そこには、近代的で広くて
とても素晴らしい空間があった。
地獄から天国に来たかのように思えた。
ユダヤ人がドイツ兵にガス室に入れられたが、次の部屋に入ったら高山の温泉だったかのように思えた。
100人くらい余裕で待てるスペースがある。
でも、なんで、ここに通してくれなかったのだろう?
僕は、混乱した。
そういえば待合室で多くの外人が言っていた。
「外人が多いから、嫌な思いをさせてフィルターをかけてるんだ。」
何かの意味があるのかもしれないけれど、
僕は悲しかった。
フィルターかなんか分からないけれど、嫌な思いをさせられても、僕は今ここにいなければならないから、手続きを済ませなければいけない。ここにいる人たちは多分皆そういう人達だと思う。
守弘よ心を無にするのだ。
これは人生の修行なんだ。
そして、僕の順番が来た。
窓口には、携帯をいじって僕の顔も見ない怠慢そうで偉そうな係の男の人が座っていた。
僕は窓口に、書類を提出する。
男の人は、出された書類を手にせず、
「アンケート」と一言。
僕は、渡した書類の中から、
アンケートを取り出し男の人に渡す。
「何これ?ダメ。これじゃ受理出来ません。」
「、、、!」
「このアンケートを直して、これとこの書類を揃えて下さい。」
だつて、、。
係の人は「手続きは、12月21日までに済ませないと、全ての権利を失います。」
ここだけは取って付けたかのように礼儀正しく丁寧に言ってくれた。
惨敗だ。
僕は、身も心もズタズタであった。
妻に電話する。
「こうこうこういうことで、手続きできなかった。」
「えっ?じゃそれを揃えて明日行きなさい。」
「、、、イヤだ。もう、勘弁してくれ。しばらくは、ここに来たくない。
書類をウラン・ウデでもう一度揃えて、12月にまた行くよ。」
トボトボと車に乗り帰途についた。
14時間の駐車料金は、身と心と共に懐にも強くあたった。
ロシアは、素晴らしい国だ。
人生の修行を程よくさせてくれる。
それは自分を高みに上げてくれる事なのだと思う。
僕には、まだまだ修行が必要なのだ。