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ウラン・ウデ
ペルミから、モスクワに。
モスクワからペルミ上空を通過してウラン・ウデに。

日本からウラン・ウデに行くのもそうだ。
日本からウラン・ウデの上空を通過してモスクワに、モスクワからウラン・ウデに。


おーい、早く直通にしてくれーーー!



さて、今回の旅は辛かった。
数々の苦境を乗り越えてきたこの俺でさえも
悲鳴をあげそうになったほどだ。

まず僕は、窓側の席があまり好きではない。
トイレに行く時に気を使うし、狭っくるしい。しかし、そんなのは我慢が出来る。
今回は、その上に周りから囲まれた状態になったのだ。まず前方からは前に座っている人のコートが席を越え僕の膝元にぶら〜〜〜ん!
さらに、横には山の様に大きなおじさんが座った。
彼の肘は容赦なく肘掛けを越して僕の席に乱入。
別に悪気があってそうしているのではなく
ただただ大きいのだ。で凄まじいいびきをかく。
それに追い打ちするかのごとく後ろからは足アタック!この人も決して悪気ではなくただただ背が高いのだ。トイレに行く時に見たら
その長い足をとても窮屈そうにしていて可哀想になってしまった。

夢のような5時間30分の旅が終わる頃、
アナウンスが流れる。
「今回も、当航空会社にお乗りいただきありがとうございました。間もなくウラン・ウデに到着致します。ウラン・ウデは、とても良い天気です。気温はマイナス4度。どなた様もお忘れ物のないよう。またのご利用を心からお待ちしています。」

ウラン・ウデには、もう冬の気配が感じられる。

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by ibashika201107 | 2016-09-26 10:46 | Comments(4)

バレエ用品

ペルミには、アンドレイ・キバーノフという
バレエ用品店を経営している友達がいる。
今日は、朝から彼と会い話をした。
古い昔からの友人で、共通の友の話に花が咲く。ウラン・ウデで僕がバレエ学校を始めた事を話し、ウラン・ウデにもバレエ用品店が欲しいと話す。店を開くには町が小さすぎと彼は言う。だから、バレエ学校とバレエ団用に小さな展示のショーウィンドウをやればと言い、試着用にバレエシューズを十何足、タイツなどを持って行けと提供してくれた。どんな大きなビジネスも一歩から始まると彼は言う。
これからがビジネスになるのかは分からないが
これで、ウラン・ウデの子供達が綺麗に身を包んで、楽しくお稽古に励むことができると思うと夢がわいてくる。
バレエ用品を持ち、ペルミを後に。
モスクワを経由してウラン・ウデに飛びます。



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by ibashika201107 | 2016-09-25 19:50 | Comments(0)

ペルミバレエ90周年コンサート
幕が開き、ペルミ州長とバレエ団芸術監督の挨拶、そしてペルミバレエの歴史のドキュメンタリー映画が約一時間上演された。当時を知るバレエ教師のお話を交え主に戦後の疎開の映像がながれた。戦争で焼かれた家の数々、悲しむ人々。破壊されたキーロフ劇場(現在のマリーンスキー劇場)、そしてそれを聞き駆けつけたダンサー達がバケツで水を運び消化し続ける話。
その後、ディレクターがその日も舞台を行うと発表し、皆んながびっくりし、衣装が焼けてしまったので他の衣装を着、観客席の上半分には煙がこもっていたので、客は下に降りてきて立って見ていた話。
食料が足りない状況だったけれど、アーティストにはチケットが交付され、特別扱いだったらしく飢えた覚えがないと言う。パンが支給されバターが支給されジャガイモが支給されたから大丈夫だったと言う。
この映像を見ると、家が焼け壊される事に心が痛くなるし、人々の表情が悲しくて仕方がなくなる。特に子供達の表情が痛々しい。
先日映画館でハリウッド映画を見たときはボカンボカンと家が破壊され、人々が殺しまくられていた。人々が泣きまくっていた。それを見て、「う〜ん、凄いな〜。面白いな〜、」と感じてしまっていた自分が恥ずかしく思われた。


2部には、白鳥の湖の3幕。3部は小品集という構成であった。

ペルミの劇場は、創設146年なので、
はじめは、オペラのみ上演されていたらしい。
その後、バレエが上演されるようになったので
今年で90周年という事になる。
そう、バレエは比較的新しいジャンルなのだ。
要するに、改革があったこそ存在することが出来たのだ。だから新しい事は素晴らしい事で否定しないほうがいいのだ。
歌舞伎だって、ある時期形を変えたから今まで生き残ったと聞いた事がある。
バレエも、今まさに変わっている時期なのだと思う。変わらなければならない時期なのかもしれないとも思う。
そうは思うのだけれど、僕はどうしても昔のバレエが好きで、今のバレエを受け入れがたいところがある。
隣の席に座っていた、リュボーフィ・クナコワさんも同意見らしい。
リュボーフィさんは、ペルミの出身。ここのバレエ学校を卒業し、ここの劇場で3年間働いた後、ペテルブルクのキーロフ劇場でソ連を代表するバレリーナとして活躍し、引退後キーロフ劇場で教師をさせている。彼女とは91年の時に一緒の舞台に立たせていただいてからのお付き合いである。ペテルブルクでも同じ事を感じていらっしやるらしい。

ペルミには、僕の大好きなナタリア・モイセーエワという一人のバレリーナがいる。
上品で美しく、個性的で可愛らしく、とても優しく女性的な踊りをした。
いつも、彼女の踊りが見れるのが楽しみだったのだけれど今回の舞台に彼女の姿は無かった。
今年引退をしたのだそうだ。
舞台には、若くてスタイルが良くて顔も綺麗で技術もしっかりしていて、、、のダンサーがいっぱいいる。
でも、彼女の様なダンサーがいない。
2人、良さそうなのがいたけれど、良さそうと、良いでは大きな違いなのである。

彼女とは、舞台終了後のパーティーで会えた。

引退後、劇場で教える事にしたのだそうだ。
彼女の踊りは、もう見る事は出来ないけれど、
彼女が教える事は素晴らしい事だと思う。

彼女とは、人生の事とかバレエの事とか沢山話をした。
いろいろと苦労話もある。
僕は彼女に言う。「君が教える事になった事は、凄く良かったよ。とっても嬉しく思うよ。今のダンサーについては、どうだこうだってあまり良く言わないけど、これからは、僕ら教える人の責任だよね。
今まで自分たちが教わってきた事を伝えていかなければならないし、また、伝える事が出来る
のは幸せだと思う。」

時代が変わっていく。
世代が交代されていく。
そこで伝統を伝えていく大切さを
僕の一番大好きなバレリーナと話す事が出来た
ペルミバレエ90周年記念であった。

終わり、、、
それは、新しいスタートなのだ!


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by ibashika201107 | 2016-09-25 11:16 | Comments(1)

シリャーモワ先生
今回のペルミに来た理由は、
ペルミのバレエ団の90周年記念のコンサートに呼ばれて来た為。
呼ばれて来たけど踊る為ではなく、見る為。
そういう立場になったというか、そういう年齢になったというか、とにかく踊らないから楽ちんである。
昨日は、バレエ団90周年にちなんで、
ペルミバレエの大スターであり、現在は劇場で
先生をしているシリャーモワ先生の講義に行ってきた。
先生は、とても明るくてエネルギッシュ。
お年が分からないくらい少女のようで可愛い。
しかし、その話には重みがあり深みがある。
テーマは、ペルミバレエの歴史だけれど
歴史の話ではなく、先生の経験したペルミバレエの歴史だ。
小さい時に両親を亡くされ、孤児院に入り
その後バレエ学校に入学する。
数多くの役を踊りを、数多くのパートナーと踊り、数多くの芸術監督と仕事をしてきた。
バレエ学校時代の先生の話や、寮での生活の話、ソ連時代にバレエのコンクールに参加した話など、苦労を微塵も感じさせずに話す。
先生が出場したのは、ヴァルナのコンクールで
当時バレエのコンクールは、世界中でただ一つであった。そのコンクールに出る為には、まず地元の劇場で3次のコンクールを通過しなければならない。それを通過した出場者がソ連各地から集まってモスクワでの審査される。
その中から3組選ばれたのが先生だ。
バレエ学校入学当時は劣等生で、卒業時には最優等生となり、ソ連の中で3本の指に入るくらいのダンサーになったのだ。

そんな話を順に追って今のバレエに至るまで話してくれた。

そして、先生は言う。
「踊りというのは、意味がなければいけません。」と。

ああ、、、
本当に昔の先生方は口を揃えて同じ事を言うんです。

先日亡くなられた、モスクワバレエ学校のファルマニヤンツという先生も同じ事を言っていました。

このような先生方の話を大切に聞き、それを残していく努力をしないといけないと思うのです。
なぜなら、それが伝統なのですから。

以前、お坊さんがおっしゃっていた興味があることですが、民族が消滅するのは、血が絶えるだけではなく、伝統、文化、言語がなくなった時に起こるのだそうです。

この3つは、人間が作り出した最も偉大なものなのでしょう。

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by ibashika201107 | 2016-09-24 12:52 | Comments(2)

バレエ学校の事
ビッグイベントを終えホッと一息。
で、僕にとって今シーズンは特別な変化があったのです。
それは、4年間の単身赴任生活に終止符を打ったのだ。
今年から妻がウラン・ウデに移り住む事になりました。
今までは、まだ子供が小さかったので
モスクワを離れられなかったのですが、
2人の娘もそろそろしっかりしてきたし、やはり夫婦は一緒に住もうという事で、妻が決心をしてくれたのです。
妻は、10年以上モスクワでバレエスクールをしていました。前シーズンの終わり、その生徒達や父兄と別れを告げているのを見て、いかに彼女がみんなに好かれ尊敬されていたのかが、痛いほどわかったのでした。10年以上掛けて築き上げたものを残し、モスクワから、ウラン・ウデという地方に来るのにはやはり相当な覚悟があったのでしょうが、彼女は、結構ケロリとしていたのが救い。
まあ、ウラン・ウデに来てそれに見合う、もしくはそれ以上の環境を整えてあげたいと思い、バレエ学校を開校することになったのです。このバレエ学校は、
ウラン・ウデの劇場のディレクターの多大なるお世話をしていただいたおかげで開く事が出来たのです。
稽古場、更衣室、宣伝など何からかにまで劇場にやってもらったので資金ゼロでのスタート。初めは8名の応募者だったので、妻は心配していたのですが、僕は
「8人の生徒が来てくれる事に感謝をし、8人の子供達そしてその親御さん方に満足していただけるよう、更には、この中から将来のスターを育てるよう。」
と指示。で地元のテレビ局の応援もあり
最終的には100名あまりの応募者が集まったのでした。その中から、なんだかんだ言って残ったのは85名。
さて、これからは、彼女の腕の見せどころ。人生っておもしろいですね。

ただいまペルミに到着。
黄葉が美しい、黄金の秋、真っ最中のようです。



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by ibashika201107 | 2016-09-23 20:24 | Comments(3)

9月3日の事。
今シーズンは、山形市とウラン・ウデ市の姉妹都市25周年記念コンサートと言うビッグイベントでスタートを切った。
イベントのチケットは、何日も前から完売で、席が足りないと言う嬉しい悲鳴をあげた。
コンサートには、山形市、ウラン・ウデ市の両市長、そしてハバロフスクから日本総領事という超豪華なお客様にも出席いただいた。御三方の温かいご挨拶から始まり、約2時間のコンサートが開幕された。山形からは、太鼓のグループ"太真"、ウラン・ウデからは地元のバレエ、オペラ、民族舞踊、民族音楽が参加。異民族の異文化が美しくマッチし姉妹都市のテーマにピッタリのコンサートは、観客席総立ちの拍手大喝采を浴び大成功にて幕を閉じた。
今回、僕は太真のリーダー川口先生とのコラボレーションを試みた。
話のきっかけは、今年の夏、僕が日本に帰国した際に打ち合わせの為、初めてお会いした先生の話に超超超感動、感銘した事だった。この様な大イベントなのに打ち合わせはたったの一回。でもしょうがない。やるしかないのだ!
僕の目的は、とりあえず先生にお会いし、太真の演目を聞き、ウラン・ウデ側のアーティストとの調和の取れたプログラムを構成する事。
で、まあ、太鼓の先生だからごっつい方と覚悟していたら、とんでもない。
先生の体は鋼の様に鍛え抜かれているが、なんとも優しい目を持った方であった。
とりあえず、レパートリーの話からはじめ、そして話はだんだんと広がっていく。先生は、もともと体操の選手で、現在は体育の教師である。そして、体育の教師であると共に哲学の教師でもある。
なんか、全く接点がない感じだ。
ところが先生いわく、
「運動と哲学は密接な関係性がある。」
そうなのだ。

僕には、あまりピンと来ない。

「動きの分析は、バイオメカニクス(生体力学)で自然科学的と現象学的に分かれるのです。」

僕には、まだ全然ピンと来ない。

「簡単に言うと、自然科学的とは、
数字に出してはかる。距離とか角度とかスピードとか、、。
ようするに、人間の動きを外側から見る、客観的に見る。」のだそうです。

「それに対し、現象学的運動学は、
主観から入る!のです。
何かがしたいと思う事で体を動かすのです。いつも、すでに何かに向かっているのです。」
「跳びたい跳びたい跳びたい!
よしっ!跳ぶぞ!
よ〜〜し!跳ぶぞ〜〜!
ヤーー!
と跳ぶと、
不思議な事にまわりの人は
その行動を見て
それを感じ、感銘、さらには感動を受けるのです。」

この事を聞き
僕は何かビビビッと感じた。
そして、フワッと今までの疑問が解けたようであった。

人間というのは、感じる生き物なのです。

例えば、産まれたばかりの赤ん坊が、並んで寝ています。1人の赤ん坊が泣くと、それを感じてつられたように隣の赤ん坊も泣き出すのです。」

それが、お母さんにおっぱいをもらっているうちに自分と他人がいることを意識しだすのです。
そうしているうちに、自分の物、他人の物というのが分かれてきて、価値観が芽生えてきます。
植え付けられた価値観に向かって成長する為のプロセスが出来上がってきます。
それがプロフェッショナル、専門家ですね。
ここでは自然科学的な価値観が重視されがちで、そこが大変に危険なのです。ようするに数字にとらわれやすいのです。」


ううう、、、
そうなのだ。
そういう事だったのだ!
先生の話を聞いて、涙が出そうになった。

「先生!素晴らしい!その通りだと思います。」

僕が、憧れ、求め続けるクラシックバレエとはなんだったのか。僕に教えてくれてきた先生方は何を伝えたかったのか。
それが少し分かった気がした。

僕は、先生に提案させていただいた。

「先生!感じる舞台が作りたいです。
是非、先生とご一緒させていただきたい。」

ところが、打ち合わせする時間もリハーサルする時間もない。

でも、一緒にやりたい。

「先生!即興でやりましょう!」

無謀だ。

無謀だけど、でも、現象学的にやればいい。




9月2日。
太真、ウラン・ウデ到着。
到着し休む暇もなく演奏していた
先生の休憩時間に、ホテルにお邪魔し、
僕ら2人のコラボ、最初で最後の打ち合わせ。

9月3日。

僕は、舞台上で先生を感じた。
普段舞台上で僕は常にお客様を感じているが、不思議な事に、この時僕の周りからお客様が消えた。舞台袖のスタッフも出演者も皆消えた。
残っていたのは先生の叩く太鼓の音だけだった。




僕らの演技の後、フィナーレ。
太真の"実り"。この日の朝、ブリヤート民族音楽家の方にこれに合わせて演奏して欲しいとお願いしたら、喜んで引き受けてくれ日本の太鼓とブリヤートの民族楽器が共演した。
曲の後半、太真のメンバーが踊りだす。せっかくだからウラン・ウデの出演者全員も一緒に踊る。
舞台袖で、聞いていたオペラ歌手が、メロディーを口ずさむ。
僕は、彼女の手を引いて舞台上で歌ってもらう。


現象学的。

人の気持ちが繋がるって、
なんて素敵な事なんだろう。



えー、ただいまモスクワに到着。
これから、ペルミに行ってきます。
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by ibashika201107 | 2016-09-23 20:21 | Comments(0)

お久しぶりです。
皆さん、こんにちは。
ウラン・ウデに無事到着し、シーズンが始まりました。
この間、山形市とウラン・ウデ市姉妹都市25周年イベントを行ったり、
岩田守弘バレエスクールを開校したりして充実した毎日を過ごしております。
僕が担当している、ウラン・ウデのバレエ学校の生徒もいよいよ卒業生になり
責任の重大さを感じています。
何はともあれ、ウラン・ウデは今日も快晴。
でも、チラホラと秋の気配も感じて来ました。
もう少ししたら、厳しい冬が訪れて来ます。
夏の最後の瞬間をしみじみと味わっております。
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by ibashika201107 | 2016-09-11 01:05 | Comments(3)


岩田守弘のオフィシャルブログです。
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プロフィール
1970年10月6日生まれ。
天秤座☆
血液型O型
神奈川県横浜市出身。
妻、娘二人の4人家族+猫
趣味は合気道。


■おことわり■
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