僕は、僕の振付けで踊ってくれるダンサーに言うんです。
「倒れたって良いんだ。滑っちゃったって良い、失敗したって良いし、形が悪くたって良い。
何が言いたいか、何を伝えたいのか、気持ちが大切なんだよ。
感情、心、魂、それを大切にして欲しい、、、。」
以前ボリショイにセミョーノワという先生がいました。
彼女は、今私達が見ているクラシックバレエの
基礎となるワガノワメソットの
アグリピーナ・ワガノワという人の直接の生徒で、
後のボリショイの大スターでした。
その人が、ボリショイで若い人に教えていた時の事です。
それは、バレエの名作”白鳥の湖”の2幕の有名なアダージオ。
リハーサルは舞台上、
彼女はマイクを通して指導をしています。
「足を上げないで。」
と先生。
「ふーむ。」と僕はひそかに思う。
「足を上げないで。」
と先生は再び言う。
「うーむ。」と僕は思う。
しばらくすると
「足を上げないで。」
と先生はまた繰り返したのです。
僕の隣にいる人がクスッと笑っている。
リハーサルは更に続きます。
そして、先生は飽きずに
「足を上げないで。」
と言い続けたのです。
普通は「つま先を伸ばしなさい。」
とか、「もっとアンデオールに。」
とか、「膝を伸ばして、開いて。」
とかの注意はいつも聞く事だけど
この先生は違う事を言っているのです。
しかも、足を上げると凄い、
または綺麗だと思うのに
注意する事が
「足を上げるな。」
という事なのです。
先生は、この時、なぜそう言ったのかを親切に説明をすることはしませんでしたが
「何を踊っているのかを考えなさい。」
と言っているように僕には感じられました。
お姫様が白鳥の姿に変えられてしまい悲しがっている、
そこに優しく勇敢な王子様が助けに現れたのです。
そう考えると、やはりあまり足を上げない方が良いのかもしれません。
いや、先生があそこまでしつこく上げるなと言っていた所を見ると
上げてはいけないのかもしれません。
なぜか、セミョーノワ先生のリハーサルでの注意された事とその姿勢が、
いまだに僕には強く印象に残っているのです。
今日も、僕は「心のこもった踊りが見たい。」
という気持ちで、セミョーノワ先生の事を思い出しながら
後輩に言ったのです。
そして
彼らがそう言う踊りを踊ってくれる事を確信しているのです。
でもですね、
僕はこれまで数多くの白鳥の湖を見て来ましたが
このアダージオで、足を上げない白鳥を見た事が
いままで一度も無いんです。